ぴろりんの山歩き

山登りの記録をメインに 旅行やキャンプ、 チョイと日常生活の話など レポしていく所存でございます♪

2011年03月

大楠山の春

大楠山~衣笠山  2011.03.27 (日)晴れ ぴろりん隊
 
ぴろりん隊!始動開始ですρ(^-^*)ノ
雪の三頭山以降、仕事の忙しさ、そして東関東大震災。。。
今もなお、その混乱は続きお山行きも自粛してましたが・・・
いつまでも引きこもってるわけにはいきません!!
元気を出さねば♪ファイトーー!( ゜ロ゜)乂(゜ロ゜ )イッパーーツ!!
 
まずは地元の大楠山へ菜の花偵察から。。。
足慣らしも兼ねて衣笠山にも足を伸ばしました♪
 
 
大楠山、前田橋コースから出発です(/*⌒-⌒)o レッツゴー♪
ここは沢沿いを飛び石しながら歩きます
ぴろりんの大好きなコース(*^0゜)v ィエーイ☆彡
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よく整備されてるので子供でも全然OK
久しぶりのお山の気持ちいいこと♪
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たまにはパパの後姿を(*≧m≦*)
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大楠山山頂下の菜の花畑
まだ七分咲きってとこかな。。。来週あたり・・・見事に咲揃うでしょう♪
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もっともっと、まっ黄色の絨毯になりますよぉ~.....ヾ( 〃∇〃)ツ キャーーーッ♪
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大楠山山頂今日はちょっと寒いけど
春の陽だまりで気持ちいい^^
東北にも春の風が届け~~~
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大楠山から衣笠山に向かって~・・・・
Σ('◇'*)エェッ!?こんな岩場のトラバースあったっけ??
どうやら旧道を通ってしまったみたい(/・_・\)アチャ-・・
ちゃんと整備された巻き道ありました;;;
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一度、道路に下りて・・・道を渡り・・・
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こちらの方へ上り返しです・・・といっても30分ほどで衣笠山山頂に(*^^*ゞ
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衣笠山公園の桜広場まだ咲いてないですね~
横須賀では有名な桜の名所なのれす(*^^*ゞ
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さてさて~本日のお昼ご飯
山ヤさん御用達の棒ラーメン
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ととのいました~♪
今日はウインナーと玉子焼き付きで
 
いっただきま~~~す♪
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春がきてますね♪
元気出そう♪♪v(⌒o⌒)v♪♪イエーイ

停電生活

計画停電、輪番停電(初めて知った言葉でした)
 
ぴろりん人生で、この日本でこのような停電があるとは考えもしませんでした
アクシデントでおこる停電も最近ではめったに起こらなかったというのに・・・・
 
回避されてる地域もけっこうある様ですが
ぴろりんの住む地域では、もれなく停電してます。。。。
「不公平~~~」とちょっと前ならプンプンしてたでしょうが、その分協力ができてると思えば
満足です^^
 
その停電ですが・・・
昼間の停電はともかく、夜の停電て不謹慎ですが・・・・ヒマなんですよ;;(*´ノ∞`)こっそり
皆さんはどうお過ごしですか?
夜の停電の時は2回ありましたが1回目の時はただボーっと3時間過ごしました
暗いので何かできるわけじゃなく・・・こんな時こそ本を読もうと思ったのですが
年のせいかめっきり目が弱くなりキャンドルや小さなライトの灯りでは目が疲れて読めない( ´△`)アァ-電気がついてから明日の準備などしなきゃならないので寝てしまうわけにもいかず・・・
普段いかにテレビやPCを頼ってたのか身にしみましたとにかく時間が長く感じて;;
 
先日、夜の停電2回目の時、ヒマをもてあました娘が
「ピアノ弾こ・・・」
手元に山用のランプを当てピアノを弾き出しました。
静かな旋律の曲・・・ピアノの音色が灯りと音のない部屋にそれはそれは美しく流れ
思わず聴き入りました
ふと部屋の中を見渡すと、ユラユラと揺れるキャンドルの灯り。スポットライトのように当てたライトの光は黒いピアノをツヤツヤに光らせ、庶民的なぴろりん家のリビングがまるで別空間の
ナイトクラブみたい
感動的でした(*'▽'*)
大学に入ってからは学校のレッスン室で練習してきてしまうので最近では滅多に家で弾かなくなってたピアノ。久しぶりに何曲も何曲も次から次へと弾いてくれて。。。。
とても優しい気持ちになれました^^癒されました
なんとも贅沢な時間を過ごすことができました。
「また、夜の停電の時はお願い~」
「え~~次は時給もらおう( ̄m ̄〃)」
そう憎まれ口をたたく娘の手はとても冷たくなってました
 
 
原発では命をかけて放射能を相手に闘ってる人、家や家族を失いながらもじっと寒さに耐え
前を向いて生きてる人。ほんとにすごいです!!陳腐な言葉で申し訳ないですが
ほんとにすごい!!
リポーターが「大丈夫ですか?」とマイクを差し出すと
大丈夫なわけないのに、不平不満などいっぱいあるだろうに
「はい。。。大丈夫です・・・・」
笑顔で答えてたおばあさんがいました。クシャクシャに笑ったその目には涙がにじんでいました
津波で家を流された男性。
瓦礫の山を見つめながら、
「また造りなおせばいい・・・・」小さくも力強い声でつぶやいてました
人間て強いなぁと被災地の人から勇気をもらってしまいました;;;
ぴろりんもほんとにがんばろ!!強く生きよう!!
 
人は無限に強い!!人は無限に優しい!!
 
 
なんだかいろんな事書きましたが最後に・・・・
ぴろりん隊、隊員のみゆきのお話ですが。。。。
みゆきの娘さんが3月11日あの震災の日、男の子を出産しました若いお母さんです♪
そしてみゆきも、とても若いおばあちゃんです(o^-^o) ウフッ
悲しいでき事ばかりの中、とても素敵なおめでたい報告でぴろりんもとても嬉しいです
 
たくさんの命が失われたその日に新しい命をこの世に誕生させてくれてありがとう
尊い命を輝かせた赤ちゃん。どうぞ大切に育んでください

地震・・・その後

大震災から5日が過ぎましたが、まだ現地では行方不明の方が多数
死者の数もどんどん増え地震の爪あとは日を追うごとに悲惨さを増すばかり。
原発問題も深刻で心配が募るばかり。
被害の少なかった首都圏でも、計画停電や交通情報に翻弄され
スーパーからはあらゆるものが無くなり、ガソリンスタンドには車が長蛇の列をつくり、バスの運行を妨げドライバーのイライラは怒声となり・・・
バブル世代のぴろりん・・・未だかつてこんな状況経験したことありません;;
平成の米騒動程度。。。
 
心が沈むことばかりのこの度の災害ですが
ぴろりんは最大級の災害と共に最大級の人情にとても救われた出来事がありました。
 
先日、八戸で被災して帰宅できなくなった甥っ子の事をブログに書きましたが
おかげさまで昨夜、三沢から飛行機で帰ることができました。
ご心配してくださった皆様ありがとうございました(*- -)(*_ _)
そしてこの件でぴろりんは、とてつもない人の情に助けられました
 
たまたま私事で書いた前回のブログを読んでくれたブロ友さんの一人から
メッセージを頂きました。
青森の方でもちろん震災の被災者。
幸いにもその方はご無事だということですが、あの様な大変な事態
自分や周りの事でいっぱいいっぱいであろう、それなのに
ブログだけの顔も知らぬ怪しいぴろりんの為に
甥っ子の帰宅の為に、多大なる協力を申し出てくれたのでした。
顛末については記しませんが、身内一同、どうしてやる事もできず
連絡がつかないはがゆさに苛立ち、眠れず、泣くだけのどうしようもない状態の中、その方の申し出は私たちにとてつもない安堵感を与えてくれ
「これで甥っ子は独りじゃなくなる!頼れる人がついてくれる!帰れる方法がみつかる」と・・・・
姉共々、ほんとに嬉しくてありがたくてありがたくて
 
そんな矢先、事態が好転して甥っ子としっかりした連絡がつき
三沢からの飛行機の予約がとれたとの報告
その方にご足労かけることにはならなくなったのですが、
帰宅当日も飛行機が無事に飛び立った事や羽田に飛行機到着の確認も随時
ご自身で調べてくれぴろりんに連絡してくれてました。
 
こんなに胸の熱くなるご厚意がこの日本にはあるということ
ぴろりんは恥ずかしながら40年余り生きてて初めて身にしみて感じました。
 
このような方がいるなら、今ボロボロになってる日本ですが
必ず復興ができる筈!今こそ優しさと強さと冷静な気持ちをひとつにして
この非常事態に立ち向かっていきましょう♪
 
日本人がんばれ!!
 
 

地震

大変な地震が起きました。。。
いつ起きてもおかしくない地震ですが、やはり心構えも何もない無防備な時に
このような事態はおきるものです
 
ぴろりん家では何一つ落ちるものもなく無事でしたが
停電が本日の午前2時まで続きました。
電気の無い生活はお山では普通なのに日常の町の中で起こるととても不自由で不安なものです。
幸い、昔ながらの石油ストーブがありガスが止まってなかったので、湯たんぽにお湯を入れこたつの中に入れ、石油ストーブで暖もとれ寒い思いはしなかったので最上級に良い方だったと思います。
息子は帰宅難民となりましたが、健康ランドが営業していたので食事もとれお風呂も入れ暖かく朝まで過ごせ今朝、無事に帰宅できました
駅に泊まったり外で夜明かしした人もいたようなので、
帰宅難民の中ではこれまた最上級の部類だったでしょう^^
 
心配なのはぴろりんの甥っ子です。
横浜のぴろりんの実家で暮らしてるのですが、たまたま本日、大学入試だったので、昨日の昼ごろの新幹線で青森に向かっていたのです。
多分新幹線の中で被災にあったのか・・・
携帯で繰り返し繰り返し連絡を試みるも通じず、姉夫婦の心配は相当な事
ぴろりんも胸がしめつけられる思いでひたすら携帯で電話をかけ続けてました
 
本日の昼ごろ、ようやく公衆電話で甥っ子から連絡があったそうです
八戸にいること、市役所に避難してること、情報が全くないので困窮してること
・・・・公衆電話もたくさんの人が行列で待ってる為、必要以上の話はできず
短い会話の中、無事だということがわかり、とりあえず安心しました。
姉からその報告を受けた時は安堵のあまり姉より先に泣いてしまいました;;
 
ただ、まだこちらに帰る手段がみつからない為、困ってます
姉も息子の顔を見るまでは心配でたまらないと・・・すごいわかります
歩いてでも迎えにいきたい思いだと思います。。。。
 
無事な事がわかっても
まだ未成年の甥っ子が、たった一人で遠い見知らぬ所で大地震に遭い
知らない人とでも誰かと一緒にいれてるのか・・男の子って不器用だから
おばちゃん根性で誰とでも境遇わかちあう事とかできずにひとりぼっちで心細い思いしてるんじゃないだろうか、こちらでは経験した事のない寒さに震えてないだろうか、食べ物はあるのか。。。次から次へとそんな事が思いうかび
胸が痛みます
一秒でも早く甥っ子が帰ってくるのを待ってます
 
地震被害にあった大勢の皆様に笑顔と元気が一刻も早く戻ること
お祈りします。
ブロ友登山隊
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